母も一人の人間だった

こんにちは。パーソナルコーチの北條良子です。

 

私は、長年自分の母親とうまくいっていなかったのですが、最近は関係が変化して、一緒にいても、さほど腹も立たないし、イライラすることもなく、穏やかに過ごせるようになりました。

 

その理由なんですが、私が母親を「一人の人間」だと見るようになったのが大きいな、と思います。

 

「一人の人間として見る」ってどういうことかというと、「私の母親」っていう役割を切り離して、客観的に見てみる、って感じです。

 

皆さん、自分の母親には、知らず知らずのうちにいろんな期待をしているんじゃないかと思うんです。

 

例えば・・・「母とは子どもに尽くすものだ」「母とは子どもをいつでも愛しているものだ」「母とは子どもを優先させるものだ」なんかから始まって、人によっては「母とはしっかりしているものだ」「母とはいつでも健康だ」「母とは忍耐強いものだ」なんてのもあるかもしれません。

 

私の母はちょっと変わった人で、私の夫が結婚の挨拶に来る日に、「お母さん庭仕事で疲れたから、今日はちょっとやめてもらいたいな」と言ってきたり、私の誕生日を間違えて「おめでとう」と言ってくる(しかも2年連続で)、という具合です。

 

そのたびに私は、「愛されていないねんな」と受け取って、傷つきイライラしていました。

 

けれども、母と少し距離を置いて眺めてみると・・・そこに立ち現れてきたのは「究極に天然」な母親の姿です。

そう、彼女は全く悪気が無く、感じたことを素直に口にし、うっかりしまくる人だったんです。

 

悪気が無いから何でも言っていいってわけではないですけど、それに気づいてからは、不思議と腹も立たなくなりました。

 

 

10月の3連休、実家に帰って母と話していると、母の兄姉(私にとって伯父・伯母)の話になりました。

母の兄は、昔から消費者金融に借金をしては、返せ無くなる。うちの母がよく肩代わりをしていたのです。「お金を貸せ」とうちの家の家に押しかけてきて、断ると玄関ガラスを割られたこともありました。

そんな伯父も80を過ぎて、とうとう施設に入ることになり、そのお金も母が払ったそうです。

母には姉も一人います。「兄ちゃんを施設にいれるから、今までのお金を折半してくれへんか」と相談すると、「わかったわー。振込口座を教えて」と言われ、メールで口座を送ったら、それっきり。

 

「姉ちゃんちは、旦那さんが新聞記者やったから、ようけお金持ってるはずやのになー」って、母は笑いながら言ってました。

 

その笑い方が、本当に静かな笑い方で、相手を皮肉る笑いでもなく、自分を嘲るような笑いでも無く、彼女の人生から滲み出てくるような笑い方なので、グッときてしまいました。

 

振り返れば、祖母の介護やいろいろと、自分の実家の世話をしてきた母なのです。

 

「私の母親」としてだけ見れば、表現が下手くそで、子どもの心を傷つけてしまう人かもしれません。

けれども他の角度から見れば、そこには健気に、一生懸命に生きてきた女性の姿がありました。

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